行政訴訟判決

行政訴訟判決

  • ◆S53. 1.30 東京高裁 昭和50(行コ)39 判定取消請求控訴等事件(5)

 

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(七) 控訴人は、昭和四四年一〇月一八日(土)沼津市西武デパート前で「新宿の町から機動隊を追放し首都を解放し、首相官邸に向けて大ばく進をしよう」という趣旨の「一〇月二一日新宿へ」と題するビラを配布した。
(八) 控訴人が昭和四三年度第一学期末及び昭和四四年度第二学期末試験において作成した担当科目の英語の試験問題は、政治的色彩の強い内容のものであつて、生徒の英語の学習測定のものとしては、はなはだ不適当なものであつた。
(九) 控訴人は、昭和四四年七月一八日、前任校(下田南高)教員あて「民主的教師を打倒せよ」という反体制的内容の原稿を送付し、同校教員が印刷し配布した。
3 裁量権の基礎となつた事実
(一) 控訴人は、昭和四一年一二月二三日付で、いわゆる一〇・二一ストに参加し、午後〇時

一〇分から午後四時二五分まで職務を放棄して、戒告処分を受け、
(二) 昭和四三年一月一七日付でいわゆる一〇・二六ストに参加し午前八時一〇分から午前九時四分まで、職務を放棄して減給(一〇分の一)一月の処分を受け、
(三) 昭和四四年一〇月二〇日付で、いわゆる七・一〇ストに参加し午後九時三分から午後九時三〇分まで職務を放棄して戒告処分を受け、
(四) 前記二項(一)の事実で逮捕釈放後の一一月下旬頃「獄中雑感」と題する印刷物を作成し、沼津、三島において生徒を含めた不特定多数人に配布した。その中には、次のとおり控訴人の思想と

釈放後の行動目標が述べられているが、教育者として到底認められない不適切な文言が用いられており、前記処分理由たる事実に対する一片の反省も認められない。
(イ) 「現在の日本の現実は何ら監獄と変わりはしないのだということであり、まだ自由があると思うのは全くの幻想であつて、人間としての本来のあり方を本源的(ラヂカル)に追求しようとすれば、それを行動を通じて実現しようとするならば、われわれ人民には何らの自由もないのだということです。自由があると思いこんで現状に安住している人は奴隷としての自由に安住しているにすぎない。権力にひざまづき権力

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