行政訴訟判決

行政訴訟判決

  • ◆S53. 1.30 東京高裁 昭和50(行コ)39 判定取消請求控訴等事件(21)

 

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同校長は二三日控訴人の両親に打電したところ、両親からは同日一二時半頃、郷里に控訴人が在宅していないとの返事があつた。(3)、同校長は、控訴人が登校しないので二四日以降補欠授業をするよう指示したが、授業計画等校務運営上の問題からも早く所在を確認しなげればならず、父兄から、控訴人が生徒に「捕まるかも知れない」ともらしていたということを聞いて、静岡県教育委員会(以下県教委という)県立人事係長Hと相談した上同年一〇月二八日に教頭と共に警視庁に行き、逮捕され勾留中の控訴人の写真を見せられて確認し、県教委に報告した。
(4)、昭和四四年一〇月二九日付朝日新聞全国版に「静岡にも逮捕教師10・21デモ」の見出しで、高校教諭がこの種の事件で逮捕されたのは初めてであるとして、「逮捕されていたのは静岡県立沼津工業高校定時制のI

教師(二八)。調べによると二一日夕新宿区<地名略>の道路にバリケードを築いたり投石や火炎ビンで交番を襲撃していた中核派反戦と学生のグループにまじつていたところを放火未遂、兇器準備集合、公務執行妨害罪でつかまつた。」等と報道され、同日付同新聞伊豆岳南版にも、同日付読売新聞の静岡版にも、住所、氏名、職業入りで報道された。(5)、県教委は、同年一一月二二日に県立学校人事管理係のJとKを警視庁と東京地方検察庁に、同年一二月一七日に県立人事係長Hと総務課法規係長Lを東京地方検察庁に、それぞれ出張調査させた。(6)、その結果、控訴人は同年一〇月二

一日に白ヘルメツトと軍手とタオルを持つていただけではなく着用していたこと、控訴人はマツチを持つていたこと、控訴人の含まれていた集団は、労働者中心の中核系(地区反戦が主体)で、駅を占拠し、電車のシートを外してバリケードを作り、火炎ビン数本を投げ、警察官(機動隊)の規制に対し角材で抵抗した激しい集団であつたこと、逮捕日時場所は、昭和四四年一〇月二一日午後五時一〇分頃新宿区<地名略>国電高田馬場ガード下で、逮捕罪名は、公務執行妨害、兇器準備集合、放火未遂であること、控訴人に最終処分として不起訴になつたが、罪とならず嫌疑なしではなく、犯罪の成

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