行政訴訟判決

行政訴訟判決

  • ◆S53. 1.30 東京高裁 昭和50(行コ)39 判定取消請求控訴等事件(23)

 

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し、日本大学に行つて写真をとつて来たことがあり、この際は、学生運動を客観的に研究するため、調査の方法として学生に会つてインタビユーをして意見を聞くこと、また実際の闘争現場を写真にとることを計画していたことが認められる。
当審証人Fの証言及びこれによつて成立を認めることのできる乙四一号証によると、八月三日から五日のことについては文化祭の展示物(王子病院の写真と職旗という冊子)が東京で収集したものと推測されることと、生徒や他の教師から社会歴史部は東京へ行つたということを聞いたことが認められるが、抗弁2の(二)のうち、その余の点を認めるに足る証拠はない。
(三) 抗弁2の(三)について控訴人が運動具店からサービスにもらつた白色のビニール鞄に友人が「安保粉砕」とマジツクインキで書いたものを所持していたこと、

控訴人が日教組の運動方針に従い同僚組合員らと共に「教特法反対」のリボンをつけていたことがあることは、当事者間に争いがない。
(四) 抗弁2の(四)及び(五)のうち控訴人か昭和四四年六月一日及び同月八目に伊東市において開催されたアスパツク反対のデモ行進に参加したことは当事者間に争いがない。
当審証人F、同Mの各証言及びこれらによつて伊東市の川奈ホテルで開催されたアスパツクの会議に対する反対闘争の集会に出た控訴人や下田南高の生徒B、Nの写真であることが認められる丙二号証、当審証人Cの証言及びこれによつて成立を認めうる乙四三、四

四号証によれば、抗弁2の(四)のうち、控訴人が沼津工高生であるOとP、下田南高生であるB、N等をアスパツク反対集会やデモ行進に参加させたこと、同(五)のうち控訴人が右Bを度々電話で呼出して反戦指導をしたことが認められる。
(五) 抗弁2の(六)のうち控訴人が昭和四四年八月三一日のデモに参加したことは当事者間に争いがない。
しかし控訴人が参加高校生を指導したことを認めるに足りる証拠はない。当審証人Cの証言によれば、この掛川西高のアスパツク反対集会参加生徒に対する処分の撤回を求める集会ないしデモ行進に沼津工業高校の生徒は参加し

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